東京地方裁判所 昭和52年(ワ)9963号 判決
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【説明】
本件は、原告が請負工事契約に基づく債務不存在の確認を求めたのに対し、被告が本案前の抗弁として「本件請負工事契約には、右契約に関し注文者である原告と請負人である被告との間に紛争が生じたときは、建設業法による建設工事紛争審査会のあつせん又は調停に付し、これが打ち切られたときは同審査会の仲裁に付する旨の仲裁条項がある。従つて、原告と被告との間の本件請負代金に関する紛争については仲裁契約が存在するわけであるから、原告の訴えは却下されるべきである。」旨主張した事案である。
【判旨】
まず、被告の本案前の抗弁について判断するのに、原告と被告との間に昭和五〇年八月七日締結された建設工事請負契約につき作成された工事請負契約書に添付された「民間建設工事標準請負契約々款(甲)」に被告主張のような内容の仲裁条項があることは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、本件建築工事に関しては、事前に原告と被告会社との間で交渉が行われていたのであるが、七月下旬頃その大綱がまとまり、同月末頃被告会社取締役である木内勝春が日頃被告会社で契約締結の際使用している書式の契約書を作成して原告方に持参した。しかし、本件建築の設計を原告から依頼され、施工の内容その他についての被告会社との折衝を一切任されていた一級建築士野口憲男の意見により、右契約書ではなく、前記「民間建設工事標準請負契約々款(甲)」を使用したいということとなり、被告会社側としても、従前これを使用して契約を締結したことはなかつたが、その内容を検討した結果不都合はないと考え、原告側の申出を了承して、昭和五〇年八月七日前記のとおり右約款を添付した契約書により、原告、野口らと被告会社木内勝春との間で本件請負契約を締結したものであつた。なお、その際には、当事者間で仲裁条項や工事遅延に関する違約金の条項(前記約款第二四条)が話題となつたことはなかつた。その後原、被告間で本件請負契約に関する紛争が生じた後、被告会社は、前記約款に基づき東京都建設工事紛争審査会に調停の申立てをし、数回にわたつて調停期日が開かれたが、原告において本訴を提起するに至つたので、調停は打切りとなつた。以上の事実を認めることができる。
以上認定の事実によつて考えるのに、原告側としては、わざわざ被告会社の用意して来た契約書の使用を拒否してまで本件仲裁条項の含まれている請負契約約款を契約内容の一部とする契約書を使用して請負契約を締結したのであるし、原告自身は右仲裁条項の存在や意義を十分に理解していなかつたとしても、原告から専門家として本件建築工事の設計や被告会社との折衝を任されていた野口憲男は、一級建築士として当然仲裁条項の存在を知つていた筈であり、現に同人は証人としてその存在は知つていた旨供述している。そうして、原告自身としても、少なくとも、請負契約について原、被告間に万一紛争が生じた場合には、乙第一号証の契約書の条項によつて律せられるべきことの抽象的な意識はあつた筈なのであつて、現に本訴において原告は約款中の違約金条項に基づく主張をしているのである。これらの諸点を考慮するときは、前記仲裁条項を原告主張のように単なる例文と解釈することはできないし、当事者に仲裁条項に照応するような意思はなかつたということもできない。従つて、原、被告間には、被告主張のような仲裁契約が存在するものというべきであるから、本件訴えは不適法として却下を免れない。
(藤田耕三)